日本におけるESG投資ファンドの組成
*The Business Times Wealth Issue(2021年7月13日発行)掲載記事「Structuring an ESG investment fund in Japan」の内容を和訳・再構成したもの
ゴールドマン・サックス証券株式会社の元副会長、キャシー松井が日本で立ち上げた総額1億5000万ドルのベンチャー・キャピタル・ファンド(MPower Partners Fund(エムパワー・パートナーズ・ファンド))は、ESG(環境、社会及びガバナンス)に焦点を当てた日本初のベンチャー・キャピタル・ファンドの一つとして、先日話題になりました。
この MPower Partners Fund は、ブルームバーグ等のメディアが報じた通り、日本では珍しい女性リーダーが活躍するファンドです。近年日本ではベンチャー投資市場が急速に拡大しているものの、米国や中国と比較すると規模としてはまだ小さいことからも話題になりました。
日本ではこうした ESG ファンドは比較的新しいものの、ESG 戦略を採る投資ファンドの形態自体は、従来から存在する他の種類の投資ファンドの形態と類似しています。
考察
投資ファンド業界では、ある種類の戦略や投資家向けにファンドを組成する場合、それに対応するものとして業界で広く受け入れられている一定のファンド・ストラクチャーを採用するということが、頻繁に見受けられます。しかし、このように特定のファンド・ストラクチャーが広く受け入れられている場合であっても、ファンド・マネジャーは、以下に記載するような各種考慮要素を適切に評価し、それぞれが計画しているファンドの内容に、具体的にどのような影響を与えるかを検討する必要があると考えます。
想定しているファンドの内容が全く同じということはないため、運用方針等の類似するあるファンド・マネジャーが採用したファンド・ストラクチャーが、別のファンド・マネジャーにとっても適切であると推定することはリスクを伴います。
また、投資ファンドを取り巻く法規制は絶えず変化しています。過去に問題のなかったファンド・ストラクチャーが現在でも問題ないという保証はありません。
市場で見られる「既に検討・検証済みの」ファンド・ストラクチャーに頼るのは非常に簡単なことですが、ファンドをどのような形態で組成するかは投資ファンドの根幹をなす重要な要素であり、一度組成した後に修正することが困難であることを考えると、慎重な検討が求められます。
組成にあたって考慮すべき点
ここでは、ベンチャー・キャピタル・ファンドを組成する際に通常検討すべき要素を紹介します。
最も重要な検討事項の一つは、税金です。ファンドのパフォーマンスがいかに優秀であっても、ファンド資産の投資及び投資家に対する分配が税効率の良い方法で行われない限り、最終的にメリットのある投資とはなりません。税効率を最適化するために考慮すべき要素は数多くあります。例えば、対象資産の種類、対象資産の場所、投資ファンド自体の形態、二重課税防止条約の適用及びファンド投資家の所在する法域等です。
ファンド運営にあたり適用されうる規制を適切に把握することも同じくらい重要となります。ファンドが関係を有する各法域(投資が行われる場所、ファンドの運用(投資判断等)が行われている場所、ファンド持分の募集地等)において、ファンド運営に関する様々な側面を対象とした独自の法規制が存在しており、ファンドが適用法に違反することなく適切に運営されるためには、こうした各法域の法規制を適切に検証する必要があります。
例えば、ファンド・マネジャーは、ファンドの運用を行うにあたりどのような免許や登録が必要でしょうか。ある法域において関係するファンド持分の募集を行うためには、どのような届出が必要でしょうか。投資ファンドは、本質的に国境を越える性質を持っているため、適用されうるすべての法律を完全に遵守するためには、多くの国々の専門家に相談する必要があります。
最後に、ファンドは投資家にとって魅力的でなければなりませんが、必ずしも税金や適用される規制をしっかり遵守しているということが魅力のすべてではありません。税効率が高く、適用規制を完全に遵守する方法で組成された場合であっても、そのようなファンドが投資家の獲得に成功する保証はありません。
一部の法域の投資家は、特定のファンド・ストラクチャー及び組成地を好む場合があります。また、投資家の中には、過去に投資したことのあるファンド・ストラクチャーにしか投資しないという場合もあるため、親しみやすさや慣例がファンドの成功を左右する可能性もあります。
ESG の要素
ESG に焦点をあてたファンドのストラクチャー自体は他のベンチャー・キャピタル・ファンドと必ずしも異ならないものの、投資先企業に対する投資の方法が異なります。ESG ファンドのマネジャーは、投資対象となる産業やその投資の方法に関連した各種の自主的投資ガイドラインや制限を厳守しなければなりません。
こうした投資戦略は、通常ファンドの関連書類において開示されており、ESG 戦略を採らないファンドとの差別化が図られています。
最後に、最近、投資家の間で ESG 戦略の人気が高まっていることから、ファンド・マネジャーの中には戦略にESGの要素を追加して、いわゆるファンドの「グリーンウォッシング」を図る業者も見受けられます。「ESG」の定義には様々な解釈がありうるため、「グリーンウォッシング」行為が広まっているように思われます。
しかし、当事務所の経験によれば、グリーンウォッシングにはリスクがつきものです。
第一に、様々な規制当局がこのような行為を取り締まる措置を講じていることに注意が必要です。例えば、米国では、米国証券取引委員会(SEC)が ESG 投資に関する最近の調査を受けて4月に「リスクアラート」を発し、問題のある ESG 投資慣行に注意喚起を行いました。
さらに、当事務所は、投資家自身も、ESG ファンドへの投資に対する理解及びマネージャーに対する監視といった点において、より洗練されてきていると考えています。ファンドの主要な投資家が ESG 投資に関し様々な投資制限の追加を関連書類に明記することを要求したり、サイドレターの中でファンド・マネジャーの義務を監視するための報告義務等を課したりすることも珍しくありません。
いずれにせよ、ESG をテーマとした投資の人気は、今後ますます高まると思われます。ESG ファンドを取り巻く規制環境が進化し、投資家が ESG ファンドへの投資に関する経験を積むに連れて、多くの「真の」ESGファンドマネジャーがこの分野でさらなる機会及び成功を得られるでしょう。